土曜日, 9月 04, 2010

カウルが破損したので、当分バイクナビは付けられず、遠出をする際には、ツーリングバックにでも入れて、運ぶしかないようになった。それで、今のところ、装着できるのは、デジタル電圧計のみである。

すると、相変わらず異常な暑さであり、バッテリーにはちょうどいいのか、以前付けていたときには、アイドリング時(暖まったとき)では、13.5+Vだったが、現在は14.2+V(1200r.p.m時)ぐらいになっている。冬の時期には考えられないほどである。

走行中は、2000も回っていれば14.8+Vで、ホーンの音もすこぶる鋭く快調におもえる。ところが、以前アースシステムを外して走行したら、一タンクあたり、走行距離が14キロものびたのの、最近大食いかなと思っていたら、このまえ、190キロ台でリザーブになってしまい、おどろいた。実に、一タンクあたり、約40キロも走行距離がおちてしまったことになる。

これは何かおかしい。!!!それで、一晩考えてみたら、この間、水田に落下した意外の変化といえば、ミラクルパワーのアース系も変更したことぐらいしか、無い。体感的には、低速からトルクが出て、好ましいと、ずっと続けていたが、最近エンジンがどうも重々しいとは思っていた。

これと言って走行状態に変化がないとき、燃費が悪化すれば、アクセルを余計に開けていることしかない。ということは、あのトルクアップの調子よさは、エンジンのつきがいいように感じたアレは、アクセルを余計に開けざるをえない燃焼タイミングというか、特性変化が、悪燃費の主因だと、いちおう結論づけられるだろう。ということは、以前外したシリンダーヘッドアーシングもつけるとエンジンは生き生きと感じられ、トルクアップが図られたように感じていたが、燃費はリッター0.5ぐらいは落ちた、というのと同じではないのか!?と渋々ながら結論づけた。

このところ、仕事が超忙しく、あまりバイクの調子などかまっておられず、水田に落下したのも、一日中パソコンに向かっていての帰りがけで、全然頭がバイクに乗る、という状態に切り替わっていなかったことが、原因だと反省している。それで、なぜ早く気づかなんだかと思った。翌朝、早く起き、リング状に巻いてあるだけのミラクルパワーのアースコードをほどき、とりあえず、これまでと同じく、いちおうどれもキチンとアースをとる、ということをした。
二本のアースはこれまで通り、セルモーターの基部へ、他の二本はタンクを外してとり回す時間が惜しく、とりあえず、以前シリンダーヘッドアースをしていた、シリンダヘッドにまとめてアースした。すると、各アースの先端のU字シェイプの金属片が小さいので、セルモーターの
基部などのねじ径の小さい部分に二個以上取り付けると締め付けに少々無理があって、外れかけたような無様な装着しかできなかったが、ここは、ネジの基部が直径1センチ前後もあるので、締め付けにたいへん具合がいい、ということがわかった。

さて、走り出して、暖機もそこそこに走り出すと、トコトコトコッという感じで前へ出るのがわかる。それで、ああ、やはりあまりアクセルを開けないでも、このほうが、パワー感云々はないが、とにかく燃焼タイミングが、前日までより格段にいいようだ、と感じた。

暖まってくると、以前感じたアースシステムを外したときのような、回転上昇のつながり(シフトアップ時)の良さを再確認。これでいいのかもしれない、いや、これでいいのだ〜と思った。それで、初めてミラクルパワーのアースのおかげを実感して、会社に着くやいなや、セルモーター基部に付けていたアースも、シリンダーヘッドアースに変更しておいた。

仕事は忙しいので、今週はまるまる現場へは行っておらず、明日の土曜日も丸1日、パソコンに向かっての孤独なまとめ作業ということで、忙しい割には、ゆとりもできた。現場へ出る仲間は、この36度、37度の日中での連日の斜面での作業で、焼かれるようですよ、と言っていたがそうだろう。今の私の歳ではまともにつき合えないかもしれないが、と思った。室温26℃の設定でも、軽く汗をかいているのだから、それより10℃も高い炎天下のきつい作業は、さぞかし大変だろうと思う。

さて、帰りに期待してエンジンをかけ、出足をみると、今朝よりもいっそう力強く発進することがいやでもわかる。走行中、55キロぐらいだと、ほとんどアクセルオンとオフの境の区別がつかない位である。これはいい、と思わず唸った。車の隙間を抜ける時も、アクセルのオンとオフの境界が以前ははっきりしていたが、今回は流れるように境界があまり感じられず、そこを抜け出して、ある速度になっても、アクセル比例型の燃焼ではなく、回転に応じて燃焼が変化してパワーを出しているような、これまで感じたことのない感覚を味わった。

車の年式から、ハッキリした違いは、排気音といい、シリンダまわりのアイドリング音などからその変化などは特に感じられないが、sho様が燃費の記録を重視されているように、燃費のチェックは大事だと改めて感じ、この悪燃費の原因はつまるところ、燃焼特性がこれまでミスマッチだった、ということにつきるのでは、と思った。それにしても、ホンダのエンジンの燃焼設計は、海外のバイク書籍などでも昔から外人さん達が認めているように、かなり高度なもののようだ。

今でも、音を示威するように、ハーレーが街道筋を走り回っているが、設計思想の違いを改めて感じるのである。西洋音楽と、共通の発想が根底にあるかのように感じている。

「空の神兵」という戦中の軍歌を聞くと、背景にこれは西洋音楽の音程ではと最近改めて感じた。作曲者は、亡くなられた高木東六氏だが、海ゆかばを作曲された信時潔氏とならんで、おふたりともキリスト経の影響下にあられたようで、家のおばあさんも、高木さんは昔っから、日本音楽なんて低級と馬鹿にしていたようなところがある、と時折話していたりする。

ある数学者は、西洋の学問大系の基礎を以下のように紹介されている。

『学校で学ぶべきこと

 「数学」の英語であるマセマティックスの語源は、ギリシア後のマテーマ(複数形はマテーマタ)であるという。このマテーマという語はもともと
disposed to learn (学習するために用意された)
という意味らしい。したがって、数学という狭い意味よりも、学校で学ぶべきこと全般(カリキュラム)を意味していた。したがって、「数学=マテーマ=学問」とすらいえるのである。
 このマテーマの学習内容は、次のような(数学的)四科であった。すなわち
アリスメティカ(数論)
ムーシカ(音楽)
ゲオメトリカ(幾何学)
アストロノミア(天文学)
であった。これらはすべて理論的学問で、技術的なものではなかったのである。アリスメティカは数に関する理論であって、計算術は中に含んでいなかった。ムーシカは弦の長さと音階との比例論であって、演奏術などは含まれていなかった。さらにゲオメトリカには測量術を含んでいないし、アストロノミアには占星術は含んでいないのである。
 このように、学校で系統的に学習しないと身につかない理論的学問と、その場その場の体験によって、いつのまにか学習する知識との区別がされていることは興味深い。』

以前、親会社で残業中、イヤホンでAFN(旧FEN)を聞いていると、周りの人たちが、何を聞いているのか?とうるさいなどと抗議されたりしたが、西洋音楽の根底には、日本人の耳にはききなれない要素があるようだ。渡部昇一先生も、東北の田舎の無学といえる祖母さんの話として、西洋音楽を、西洋のガチャガチャと表現されていたことを紹介されている。先生の話題は、そうした無学の人がかたる、あの世の話なども、プラトン哲学などと根底では似通った世界観であるというような話の内容であったが。

空の神兵は、軍事史でも例を見ないような、成功した落下傘部隊の奇襲例らしいが、軍歌嫌いの高木氏が、その詩をみて、興がのりわずか15分位で書き上げたものだという。
改めて、iPodでステレオ再生して聞くと、和太鼓を使用しているようでもあるが、根底は、西洋のガチャガチャを巧妙にアレンジしておられ、うっかり聞くと気づかぬほど西洋化された曲のような印象を持ってしまった。
http://www.youtube.com/watch?v=sZwRg-rNnzs
これは背後にガチャガチャが入っていないようだ。
http://www.nicomimi.net/play/sm7884393
これは、少し伴奏が軍靴の響きを匂わせるような気配があるが、わたしの持っている戦中の
男性と女性(橘かおるさん)の曲には背後の軍靴の響きを思わせる演出と西洋音楽とのミックスは捨てがたい魅力がある。開戦後、連戦連勝でもっとも戦意の高かった時代背景がバックにある。

プラトーンのような活躍を、名もない幼顔ののこる日本兵たちが実践していたわけだから。おかげで、指揮隊長は、戦後、戦犯扱いで刑に処せられはしたが、・・・・・。復讐以外の何物でもない。国家が滅びると、英雄たちも消えてしまう。ただ、歴史に名を刻み、後世まで生きるのだが。今でも、この曲は、習志野の降下部隊で、毎年演奏され続けている曲だそうである。

飛んだところへ、話題がそれてしまった。この夏、靖国神社参拝は、昨年より一万人以上多い16万3000余名だと、神社に伺ったら回答があったそうだ。(8月15日だけで)

民主党議員の中でも、内閣の誰一人として靖国に参拝しなかったことは、かえって良かった、あのような者たちが、首相でござい、閣僚でございなどと、英霊を辱める者たちが出向く場所ではない、という議員もいたりする。

来年は、さらに増えてもらいたいもので、我が社の社員でも、来年は靖国に行きましょう、と提案する者まで現れたのには、少々ビックリした。私でさえ、左翼の悪影響をそうとう受けている、などと慨嘆したりしている。息子の世代に属す年代である。

英霊 永久に 誉れあれ!!!!!

なかのひと

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