土曜日, 8月 30, 2008



「ノモンハンの夏」とかいう作品を購入していらい、二年も店晒し状態で読む気がおこらず、
ネットでしらべて購入した、「ノモンハン事件の真相と戦果」をむさぼり読んだ結果、半藤氏の姿勢に、疑問と嫌悪感をおぼえた。反日で鳴らす天下のNHKならいざ知らず、文藝春秋に長く居たものが書く内容ではあるまいと思ったからである。

しかも、ソ連側情報を知らないで書いたのならいざ知らず、情報公開でソ連側が負けたに等しいほどの損害を出したことを知ってなお後に、姿勢が変わらなかった点を不審に思った。そうとうの根っからの反日作家か!?それにしても、なんで文春なんだろうと。

この疑問は長く解けないでいたが、今回8月23日に取り上げた「仕組まれた昭和史」の所々にある書き込みでわかった、ような気がする。

平和主義者だと伝えられている「海軍3羽ガラス」こそ日本を戦争へ引きずり込んだ張本人だとか、海軍善玉論・陸軍悪玉論は大嘘で阿川弘之の「提督三部作」は悪質な歴史の捏造だとか、文藝春秋社は、他の一社などとならんで、ロックフェラーの手先で、阿川弘之、高木惣吉、山崎正和(などの諸氏の書物も真面目に読んではいない、あ、あの例の海軍好きか!?だったが)などが嘘八百で練り固めて真実を覆い隠してきた、と。

司馬遼太郎は、勝手な嘘を書きやがってと、何度も首を絞められるイラストだったが、阿川の場合は、大型の栓抜きで頭をボコボコにされるイラストであって、かなり熱が入っている。



今回、その文芸春秋社から、普段敬遠していた筆者たちが出揃って、「昭和陸海軍の失敗」なる文庫本がでた。大反響を呼んだ話題の対談集を収録、とある。2007年12月に発行となっている。

海軍3羽ガラスのあたりを中心に、この本と、日本文芸社の記述の違いを見てみたい。

田中角栄といい、山本五十六といい、どちらも新潟県出身で、アメリカに倒された例を見ると、つい県民性と何か関係があるのではないかと勘ぐりたくなるが、多数の事例を収集できないので、妄説として述べておく。好きか嫌いかといえば、あまり好きになれないほうだ。県民からは好かれるのかもしれないが、日本を代表する存在となったとき、どういう意味を持つ結果となるのか、研究が必要だと思う。二度あることは、・・・。

ところで、半藤氏も、あっと驚いたが、新潟県御出身とのこと。それで、山本を弁護する心情が先行するのかもしれないが、冷静になってもらいたい。

半藤:私は山本と同じ長岡中学校卒業ですが、越後人にはいちいち説明するのを嫌うという気風があるのですよ。しかも、人見知りで、人の好き嫌いが激しい。(田中真紀子!?)どちらも山本五十六にあてはまりますね。

戸高:その好き嫌いが参謀との関係にもろにでています。参謀長の宇垣纏とは長い間口もきかず、先任参謀の黒島亀人や、戦務参謀の渡辺安次に直接指示を出していた。・・・

秦:それで、作戦構想はすべて黒島にお任せとなっていた。・・。しかし奇道が正道に勝ち続けるのはやはり無理と言うものです。・・・あとの九つは宇垣参謀長以下の参謀たちがまとめたオーソドックスな作戦でいけば、問題なかったのでは。

戸高:好き嫌いはしかたないにしても、連合艦隊スタッフがこまったのは、指揮系統が混乱したことです。山本が宇垣を飛ばして黒島らと相談するのですが、参謀とは参謀長のスタッフであって、長官のスタッフではない。そういう指揮系統がこの頃の連合艦隊司令部では崩れていた。

瓢箪から駒の真珠湾

半藤:あれほど避けたかったアメリカとの戦いを前に山本は悩み抜いたと思います。まともにぶつかったら、まず勝ち目はない。日本が主導権を握って全力決戦をしかけていくしかない・・・・。その懊悩の果てがハワイ作戦です。・・・

戸高;そもそも常識的に考えれば、真珠湾攻撃はとても決断できる作戦ではありません。日本海軍の艦艇は、ハワイを奇襲するようには設計されていないので、・・・空母も護衛の巡洋艦もドラム缶を無理やり山のように積んで、船体がへし折れるのではという報告もあった位。急襲されたら、一発で大炎上です。・・・

良識派は孤立する
米内光政と井上成美

半藤:私の持論ですが、日本が対米戦争に向かう引き返し不能点は、昭和15年9月の日独伊三国同盟締結だったと思います。・・・このいわば日本の運命の別れ道に際し、堂々たる反対の論陣を張って一歩も引かなかったのが、米内光政海相、山本五十六次官、井上成美軍務局長の官軍”良識派”三羽ガラスでした。

福田:その動きを昭和天皇もよく頑張ってくれた、と評価しています。

秦:しかし、あえて厳しくいえばこの三人の活躍をもってしても、三国同盟の締結を一年先延ばししただけであったし、日米開戦を避けることもできなかった。なぜ、彼らの後が続かなかったのか、という問題も合わせて考えて見ましょう。

陸軍嫌いの過ち

半藤:そして米内のいいところは、大事な場面ではっきりものが言えることです。(海軍は米英と戦うようにはできておらず、勝てる見込みはありません、と発言して三国同盟を延期させたこと)

福田:ただ、米内の判断には、いくつかの決定的な過誤もあったのではないでしょうか。それも日本の進路を誤った重大なミスです。例えば、第2次上海事変のときの対応です。閣議で予算措置からして派兵は無理だと反対する賀屋興宣蔵相を怒鳴りつけたのは有名な話しです。
石原莞爾は「兵をすべて引き上げ、民間には後で補償したほうが安上がりだ」と不拡大路線を貫こうとした。ところが米内は強引に押し切り、「北支事件」は「北支事変」となり、上海に上陸した部隊は、南京へと進軍していきます。・・・海軍主犯論の起きる所以です。

福田:もうひとつ重要なのは、近衛声明に対する米内の態度ですね。昭和13年1月、いわゆる国民党政府を相手とせず、なる声明を出して、日中和平交渉の道を閉ざす。近衛自身、のちに大変な失敗であったと。陸軍の多田駿(はやお)参謀次長が「交渉を継続せよ」と主張しているのに対し、海相の米内は内閣総辞職も匂わせるような表現でおさえつけています。近衛声明に加担した責任はここでも極めて重い。

秦:この一件も、彼の陸軍嫌いが仇となっているように思えてなりません。・・・

秦:太平洋戦争全般にいえることですが、アメリカという敵はそっちのけで、海軍にとっては陸軍、陸軍にとっては海軍が敵みたいになっていた。海軍主導の終戦工作についても、戦艦大和が沖縄特攻で沈むと、もはや海軍にはまともな戦力は残っていません。戦いたくても戦えなかったわけです。

横紙破りがいなかった

戸高:陸軍の場合、陸大教育でも「独断専行」を重視する。これはこれで、問題ですが、海軍はスマートでバランスの良い組織人を求めますね。・・・
逆に言えば、ここぞというときに蛮勇が震える人物がいない。

福田:海軍一家という意識が強いのでしょうね。
半藤:石原や辻政信のようなアクのつよい人物は、海軍からは出てこないのですね。サイレント・ネービーに関連していうと、海軍の人たちは先輩、同僚の批判をほんとにいいません。井上はその希有な例外ですが、その井上にしても、外部の人間にはほとんど口をつぐんでいたと思います。

私は井上さんには、戦後二度取材に行っているんです。・・・家にはあげてもらえるけど、まったく口を開いてくれない。「英語のラジオはきいているよ」といったどうでもいいことは話してくれますが、戦争のことを尋ねると、とにかく黙りこんでいるだけ。・・・

なお、写真の中段左端が井上成美、右端が山本五十六、下段左から二人目が米内光政の海軍三羽ガラスである。


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