土曜日, 7月 21, 2007



7月19日の毎日新聞夕刊び、ロサンゼルス支局記者が観たアメリカシリーズがのっていて、たまたまこの記事だけ、それ以前の経緯はまったく知らずに読んだ。

ノーモア・ヒロシマ・ナガサキに対してリメンバー・パールハーバーの声が返ってくることがある、の書き出しで米国人は核正当化論の強い影響を受けている、としている。

米国は投下前、原爆を用いずに日本に侵攻した場合、米兵24000~46000名が死亡と推計していたという。しかし、投下後に、トルーマン(原爆の公開実験決定者)は20万~25万人といいだしたそうだ。引退後は50万と口にするようになり、92年出版の伝記では100万人という数字すら飛び出した、と国枝すみれ記者は書いている。が、悲しいかな、トルーマンとバーンズが、政界をだましてまで、無理やり事を運んだことをたぶんごぞんじないために、単に時系列的に
戦死予測数がふえた、としか書いていないが、これは、米国が、南京の犠牲者数をタイム誌が2万と伝聞で書いたのを、20万と突然言い出した事とおなじではないか。

しかもトルーマン自身が最初の推計を無視して、投下後10倍に水増しし、さらに最後には5倍も水増ししなければならなかったことは、鳥居民氏の指摘する原爆投下を、何かでかいことをやってやる、という精神に凝り固まったトルーマン、とした見解をうらづけるものの傍証にもなろうし、トルーマンも米兵の戦死を最終的に50倍近く膨らませざるを得ないほど、ある意味で追い詰められた感情にあったのではないかと、推察するに十分な話である。

さて、遅ればせながら、正論7月号を見れば、「アメリカ人は原爆投下についてどうおしえられているか」という投稿が目を引く。(p106〜116)(慰安婦対日非難決議案の前に自らを省みることはないのか)

その中に米議会調査局4月3日に公開した報告書改訂版には、(慰安婦非難)決議案の日本側へのこれ以上の謝罪要求に懐疑を示し、政府間ではすでに対日講和条約や、日韓関係正常化で解決済みであるのに、もし諸外国が日本にいま公式の賠償を求めれば、「日本側は戦争中の東京大空襲の死者八万人屋原爆投下の被害への賠償を求めてくる潜在性もある」とも指摘した。

米議会調査局が懸念を抱いて発言することは、裏がえせば日本は発言する権利を認めているようなものだ、とも。

「筆者がこれまで各種資料を検討して見えてきたものは、米英の傲慢さの基礎が「絶対神」を信じる異教蔑視のの宗教にあり、また近代史を重ねる過程で人種意識が育まれたことが核心であった。」

トルコに対しても90年前のオスマン帝国時代におけるアルメニア人虐殺を非難する決議案が民主党によって米議会下院に出されているのも同じ流れである、という。もっともトルコは安保カードを含めた軍事・外交の手段を行使することも厭わず、初めから「国家」をあげて猛反発しているが、「独立国家」としてはむしろ当たり前の反応である、と書いている。

さらに、もうひとつの重要なことは、米英が示す傲慢さの裏側には日本が報復するのではないかという懸念が横たわっているということである。・・・今でも日本からの報復についてはっきりした考え方の表明がないこと自体、欧米は不気味に思っている、と指摘している。米軍による無差別攻撃であれだけ殺戮されたら、通常の国家は復讐のエネルギーを溜めているだろう、と思うのが自然な感受であり、世界の「常識」でもある。・・・米国政府首脳にとっては、日本による(日本人が考えもしない(無意識下にはあると思うが))核報復への根深い不信感と警戒感とを抱いている記事が産経新聞には出ていた事例が報告されている。


Map

2 件のコメント:

sho さんのコメント...

こんばんは~♪

今日はロングツーリングを堪能しました。HPも更新しましたので、お時間あるとき覗いてください♪

その後、家族を東京ディズニーランドまで車で迎えに行ったので、さすがに疲れました(^^;

高井戸から葛西までの首都高は、遅い時間帯のためかスイスイでした。自宅からディズニーランドまで約4~50分ぐらい、距離はだいたい35kmぐらいでしょうか。

例のナビを頼りに行きましたが、やはりありがたいですね。特に私は方向音痴なもんですから!

息子は従兄弟と楽しいひと時を過ごせたようです。従兄弟は明日には九州に戻るようで、短い時間ではありますが・・・。

nature さんのコメント...

こんにちわ、気づくのが遅れあいすみません。

すでに、貴兄の両サイトは拝見済みです。ありがとうございます。

アメリカに厳しい!?意見をかいているせいか、コンテンツ向け広告がみな削除されるようになりました、^^;)。

どうも副島さんのおっしゃることが半分真実味を帯びているような気がしますね。

バイクの運転も、怖いです。気をつけても無駄ということもありますから。